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山口地方裁判所 昭和45年(行ウ)6号 判決

原告 植本貞子

被告 宇都宮労働基準監督署長

訴訟代理人 塚田守男 外五名

主文

被告が、昭和四二年一二月一日、原告に対してなした労働者災害補償保険法(昭和二二年法律第五〇号)による遺族補償費および葬祭料を支給しない旨の決定を取り消す。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

第一原告代理人は、主文同旨の判決を求め、その請求の原因として次のように述べた。

1  原告の夫植本渉は、光仁電業社こと栗座仁志方の従業員たる電工で、労働者災害補償保険法の適用を受けていたが、昭和四二年八月二二日死亡した。

2  原告は、渉の死亡は業務によるものであるとして、被告に対し、同法に基いて、遺族補償給付および葬祭料の支給を請求したが、被告は原告に対して、昭和四二年一二月一日、渉の死亡は業務に起因することが明らかな疾病によるものと認められないので労災保険給付を行なわないとの理由で、右遺族補償給付および葬祭料を支給しない旨の本件決定をなした。

3  原告は、山口労働者災害補償保険審査官に審査請求をなしたところ、昭和四三年三月七日請求棄却の決定を受け、更に、労働保険審査会に再審査請求をしたが、昭和四五年六月三〇日請求棄却の裁決を受けた。

4  植本渉は、昭和四二年八月二二日午前一一時頃、山口県美禰市大嶺町西分南大嶺鉄道バラス採石所構内において、電柱に登り自家用引込電線の架設業務に従事中死亡した。

5  渉は、(1) 前記業務に従事中、ゴム靴・ゴム手袋その他の感電防止用具を着用していなかつたこと、(2) 裸線の部分のある電線を架設していたこと、(3) 死亡当時その身体が黒く焼けていたこと、また、(4) 死亡当時、心臓病に起因する心臓麻痺では現われない眼瞼出血があつたことからみて、同人の死亡が感電によるものであることは明らかである。そうでないとしても、苟しくも前記のような業務に従事中の死亡である以上、労働者災害補償保険法第一条にいわゆる業務上の事由による死亡に該当するものというべきである。

6  前記のとおり、渉が業務上死亡したのであつて、原告は、同人の妻でありその葬祭を行う者として、前記遺族補償給付等の受給権者であるから、被告は原告に対して遺族補償給付等を支給すべきである。しかるに、前記のような理由によりこれを支給しないとした被告の本件決定は、違法であるといわなければならない。

そこで、原告は、被告に対し、本件決定の取消を求めるため、本訴請求に及んだのである。

第二被告代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として次のように述べた。

原告の主張事実のうち、原告の夫植本渉が光仁電業社こと栗座仁志方の従業員たる電工で、労働者災害補償保険法の適用を受けていたこと。渉が昭和四二年八月二二日死亡したこと、原告が被告に対しその主張のように遺族補償給付および葬祭料の支給を請求したところ、被告は原告に対して昭和四二年一二月一日その主張のような理由で右遺族補償費および葬祭料を支給しない旨の本件決定をなしたこと、原告が山口労働者災害補償保険審査官に審査請求をなしたところ、昭和四三年三月七日、請求棄却の決定を受け、更に、労働保険審査会に再審査請求をしたが、昭和四五年六月三〇日、請求棄却の裁決を受けたこと、渉が原告主張の日時場所でその主張のような業務に従事中死亡したことは認めるが、その余の点は否認する。

しかしながら、渉の死因は急性心臓麻痺によるものであり、しかもそれは感電に起因するものではないことは勿論、事故当日およびそれ以前の渉の労働状況を見ても、強度の精神的緊張を伴ない或いは、激しい身体的疲労をもたらすような業務に従事するなど心臓麻痺を惹起させる有力な原因となるべき事由は認められないのであつて、専ら渉の持病であつた心臓病の漸次的悪化に起因するものであり、かつ、右心臓病を特に悪化させる業務上の事由も認められないので、業務との間に相当因果関係がなく、渉の死亡が「業務上の事由による」ものと認定することはできない。

従つて、原告には労災保険法に基づく遺族補償給付等の受給権がないことに帰するから、被告のなした本件決定は適法であり、原告の本訴請求は失当である。

第三証拠〈省略〉

理由

原告の夫植本渉が光仁電業社こと栗座仁志方の従業員で、労働者災害補償保険法の適用を受けていたこと、同人が昭和四二年八月二二日死亡したこと、原告が渉の死亡は業務によるものであるとして被告に対し同法所定の遺族補償費および葬祭料の支給を請求したところ、被告が昭和四二年一二月一日原告に対し渉の死亡は業務に起因することが明らかな疾病によるものと認められないので労災保険給付を行なわないとの理由で右遺族補償費および葬祭料を支給しない旨の本件決定をしたこと、そこで、原告が、山口労働者災害補償保険審査官に審査の請求をしたが、昭和四三年三月七日右請求を棄却されたので、更に、労働保険審査会に再審査の請求をしたが、昭和四五年六月三〇日右請求棄却の裁決を受けたことは、当事者間に争いがない。

そこで、本件遺族補償費等不支給決定の適否について検討する。

一  本件事故の発生と死体の状況

植本渉が光仁電業社こと栗座仁志方の従業員たる電工であり、昭和四二年八月二二日午前一一時頃、美禰市大嶺町西分南大嶺鉄道バラス採石所構内において、電柱に登つて自家用引込電線の架設業務に従事中死亡したことは、当事者間に争いがない。

〈証拠省略〉を総合すると次の事実が認められる。

渉は、前記のとおり、昭和四二年八月二二日午前一一時頃、南大嶺鉄道バラス採石所構内において自家用引込電線移設のため、同僚の浅井文男と共に地上でアングル(電線引込受)を取付け後、ひとりで、安全帽に軍手、ズツク靴を着用したままで引込線第一号の電柱(木製高さ約七・八米)に登り、右電柱から同所付近の配電盤にかかつている電圧二二〇ボルトの電線を切断する作業にとりかかろうとしていた。それから五、六分経過後、右浅井は、渉が右電柱の地上約四・九米の、電圧一〇〇ボルトの電流の通じている電線が架設されている最下段の腕木の下において、命綱を取りつけたまま上体を上向きにした格好で、左足をスパイクで電柱に止め、右足は足場釘にかけて宙吊りの状態になつているのを発見した。当時、右電柱には、右電圧一〇〇ボルトの電線より六〇糎上方に電圧二二〇ボルトの電流の通じている電線が架設されていた外、更に約二米上方には電圧六、六〇〇ボルトの電線が架設されていたが、右一〇〇ボルト、二二〇ボルトの各電線は何れも同年六月ごろ新設されたもので被覆線であつた。

渉は直ちに同僚らの手によつてシヨベル・力ーで地上に降されたが、既に死亡していた。当日、渉の死亡後約九時間経つた時、その死体の状況は、顔面が紫色で、右示指第一・第二関節の中間に小豆大の噴火状の円形の皮膚の断裂があるほか、外傷は見られなかつたが、顔面の一部および眼瞼結膜に点状出血斑が認められた。

以上のとおり認められ、他に右の認定を覆えすに足りる証拠はない。

二  本件事故発生前における渉の健康・労働状況など

〈証拠省略〉を総合すれば次の事実が認められる。

渉は、死亡時年令四二才で、昭和四二年五月より前記光仁電業に勤め始めたが、既に電気工事士として約二〇年の経験を有していた。同人は、体重約七〇キログラムの肥満体質で、同年六月には高血圧のため約二週間程欠勤したが、その時にとつた心電図の所見では軽い心筋の障害(心筋虚血の傾向)が認められた。しかし、同人は右欠勤以外にさしたる欠勤もなく、またその勤務内容も過度の精神的緊張や肉体的疲労を伴なうような作業に従事していた訳ではなかつた。

以上のとおり認められ、他にこれに反する証拠はない。

三  本件事故発生と業務との関係

(一)  労働者災害補償保険法に基づく遺族補償給付等は、同法一条、一二条一項、二項、労働基準法七九条、八〇条によれば、労働者が業務上の事由により死亡した場合に支給されるものとされており、ここにいう業務上の事由による死亡とは、現行の労働者災害補償保険制度の趣旨、目的に照らしてみると、労働者の死亡がその業務遂行中に発生し、かつ、その業務との間に相当因果関係があり、死亡がその業務に起因すると認められる場合、すなわち、死亡に業務遂行性とともに業務起因性があるものと認められる場合に限るものと解されるが、その立証の困難な場合が多いことに鑑み、労働者の死亡がその業務に従事中発生し、その死亡に業務遂行性が認められる場合には、反証のない限り、その業務と死亡との間に右の相当因果関係があり、その死亡に業務起因性があるものとして、いわゆる業務上の事由による死亡と推定するのを相当とする。

(二)  これを本件について見れば、前記のとおり、本件死亡事故は、渉が電工としての業務に従事中に発生したものであり、しかも、その発生した事故が電工としての業務に伴う感電による危険が現実化したものであるといえるから、本件事故については、いわゆる業務遂行性の存在することが明らかである以上、反証のない限り、いわゆる業務起因性の存在を推定するのが相当である。

被告は、本件死亡事故の原因が、専ら渉の持病である心臓病の漸次的悪化に伴なう急性心臓麻痺に起因するものであると主張し、〈証拠省略〉に右主張に副う部分があるけれども、後掲各証拠に照らして採用し難く、かえつて、前に認定した事実に、〈証拠省略〉を総合すると、渉には本件事故の約二ヶ月前弱い心筋障害(心筋虚血の傾向)が認められたものの、必ずしも右障害が直ちに本件死亡につながるものとは考えられないし、又死後の同人の眼瞼に出血斑が認められる状況などからして、心臓の停止より呼吸の停止が早く心臓麻痺と言うより、むしろ窒息死と見るべきだとする見解もあり、一方、渉が前記電柱に宙吊りになつている状況から推してみると、渉は上体を起した状態では頭部を一〇〇ボルト線と二二〇ボルト線との間に位置し、汗で濡れた軍手をはめた手が一〇〇ボルト線の被覆の破れた部分に触れる可能性が皆無であつたとも言えないこと、一〇〇ボルトでも場合によつては感電死する可能性もあるとされていること、又渉の死体の右示指に皮膚の断裂などがあつたこと、事故当日および事故当日以前の渉の労働状態では、本件事故発生の際同人が急性心臓麻痺を起こすような要因が認められないこと等を考慮すると、被告の主張事実を認めることはできない。

他に右の推定を覆えすに足りる証拠はない。

従つて、本件の場合、渉の死亡は「業務上の事由による」ものと認めるのが相当である。

四  原告は、前記のとおり渉の妻であるとともに、〈証拠省略〉に弁論の全趣旨を総合すれば、原告が渉の葬祭を行う者であることをも認め得るから、本件遺族補償給付および葬祭料の支給を受けるべき権利を有するものと言わねばならない。

しかるに、被告において、渉の死亡が業務上の事由によるものと認めることができないとの理由のみにより、原告に対して前記遺族補償給付および葬祭料を支給しないとした本件決定は、違法であるといわなければならないのであつて、取消を免れない。

そうしてみると、原告の本訴請求は、正当として認容すべきものである。

よつて、訴訟費用について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 浜田治 山本博文 小熊桂)

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